喜生
喜生・よしお君、この名前がどうしてついたかおしえておこう。静江おばあちゃんは、何がなんでもお籍だけ下さい、といい続けた。それは前述の通りだった。
おばあちゃんの口ぐせは、
「この品田の家は立派な家ですテ、私のご祖先に品田喜三治という人がありまして、私のおじいさんですテ、その人がこの荒浜に学校を建てるとき、沢山の材木を寄進したんですテ、村長もしてたんですテ。おじいさんがエラかったんですテ。荒浜に郵便局をつくったのもその人ですテ、柏崎の東京電力の原子力発電所の地所も品田家の山でしたがね。ですから、品田家には“喜”の字のつく人が多いんですテ」
おばあちゃんは、父さんにいつも誇らしげにその話を聞かせてくれた。
「そうですね。本当に立派な家柄なんですね」とあいづちをうっていれば、おばあちゃんは上機嫌だった。
おばあちゃんにビールをすすめられていい気持になって父さんは、父さん自身は品田姓になるのはイヤだといいつづけているので、他のことではできるだけ、おばあちゃんが喜ぶようにしてあげたいという気持も手伝って、
「じゃあ、オッカチャン、私達の子どもは“喜郎”とつけましょう」と軽い気持でいった。おばあちゃんはすごーく喜んだ。
「ホウ、ヨシロウにしますかね。ヨシロウチャンいい名前ですテ」
そんな訳でまだ生まれて来ない、きみに、ヨシロウちゃんという名前がつけられたんだよ。
「女だったら、どうしますネ」
おばあちゃんはきいた。
「そうですね。女の児だったら、オッカチャンの静江の静をいただいて、静子・静代・静……」
おばあちゃんは、ことのほか喜んで、
「女の児だったら、静香がいいですがネ。大和なでしこ、静かで香ばしい女性になるように静香がいいですがね」
おばあちゃんは一人悦に入り、男だったら喜郎、女だったら静香と決めこんでしまった。
母ちゃんは言った。
「あなたは、自分が籍を守ることができたからあとは全部、オッカチャンのいいなりになって、いいよ、いいよ、と言ってるけど、本当にいいの?!」
「喜郎を喜生にするか、静香を志津香にするか」
「喜郎を喜生に、それもあんまり好きではないわ。静香は絶対にイヤヨ」と母ちゃん。
おばあちゃん達は、すっかり、ヨシロウ・シズカに決めこんでしまった。
母ちゃんと父さんは、他の代案が出ないまま出産を迎えた。
二月十四日。生まれた。
「ヨシロウちゃんが生まれた」とおばあちゃん達は喜んだ。
「ヨシロウちゃんでよかった。シズカちゃんだったらどうしようかと思っていたわ」
と母ちゃんはいった。
だからその時点では喜生ではなく喜郎だったのだ。父さんは一人で考えた。
「“喜郎”なんとなく平凡でジジ臭いな。“喜生”“ヨシオ”“キセイ”“品田喜生“シナダキセイ”みんなに喜ばれて生まれて来たんだ、喜生それの方がいい」
「やっぱり喜生にしよう」
「喜郎じゃなくて喜生にするの。あなたが決めるんだったら、それでいいわ」
母ちゃんは了解した。おばあちゃんもスンナリ了解してくれた。
きみが生まれて、三日目に、きみの名前はヨシロウからヨシオに変わったのだ。
父さんがつけたのだ。きみのために父さんが主体性をもってきめたことは、これぐらいかもしれないな。