二度目のキッス、好きです
四十七年四月、母ちゃんは、短大を卒業して三鷹市中央保育園の保母になった。
その頃も一ヶ月に二~三回は本部に来ていた。
四十七年の秋、何月何日か、はっきりおぼえていないのだが、父さんは母ちゃんを送ってあげるよ、といって車で送って行った。
三鷹の母ちゃんのアパートがわからず途中道に迷った。
車の中で二人は歌をうたったり、父さんが演説の真似をしたり楽しかった。
道に迷って静かな所を通りがかったとき、車を止めた。キャアキャアにぎやかにしゃべっていた二人は急に静かになった。
「キッスしょうか」と父さんは言った。
母ちゃんは黙っていた。
キッスをした。
「品田さんは、ほんとにいい感じの女性だね」父さんは母ちゃんの耳もとでささやいた。
「広升さんが好きです」母ちゃんは言った。よくしゃべる母ちゃんが、ポツリたった一言そう言ってあとは何もいわなかった。
暗い夜道、人影も、車のライトの光もなくシーンと静まりかえっていた。
二人はズーット黙っていた。
彼女はぼくに好意以上のものを持っているなと感じた。
そのときも、父さんはまだ結婚をしたいと思っていなかった。だから、“清い関係でなければいけないな、これ以上深い関係になってはいけないな”と理性が働いた。
だから、そのときも、キッス以上のことはなかった。
それが母さんと二度目のキッスだった。
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