その夜
ヨブ子おばあちゃんは、奥座敷に父さん一人の寝床を用意して下さった。
静江おばあちゃんは早ばやと二階の自室で眠られた。
父さんは正直いって母ちゃんと同じ部屋に寝たいな、と内心では思ったが、はじめての訪問でもあり、正式には結婚も済んでいないのだからと、あきらめていた。
お母ちゃんは、ヨブ子おばあちゃんの隣りの部屋に寝るようになっていたらしい。
しかし、母ちゃんも父さんと同じことを考えていたので、ヨブ子おばあちゃんに、
「ネエ、かあちゃん、広升さんの部屋で寝ていい……??」
「ダメよ、まだチャンと結婚してはいないんだから……」おばあちゃんに叱られた。
父さんがおとなしく寝ているところに来て、母ちゃんは、
「お母さんダメだというのよ……、今からお風呂に入って来るわ」
「風呂からあがってここにおいでよ」父さんは声をひそめていうと、
「エエ、すぐ来るね」母ちゃんはうれしそうにそういって、出て行った。
父さんは酒の酔がまわって、ウツラウツラといい気分になっていると、風呂からあがった母ちゃんが部屋に入って来た。
「お母さんおこらないか?」
「大丈夫よ」
結局母ちゃんは自分の部屋には帰らないまま父さんと同じ部屋で楽しい夜をすごした。
朝になった。
「お母さんが気がつかないうちに部屋に帰った方がいいかしらね」
「だけどもう気づいておられるよ」
「そうね、バレちゃってるかしら」
「スリル満点だね」
「ダッテー」
「悪い娘だよ、この娘は……、ネエボクが君の部屋に忍びこんだのではなくて、君がボクの部屋に来たんだからね」と父さんが笑いながらいうと、
「またそんなことをいって、自分を有利にするんだから」と母ちゃんは大きな笑い声をあげた。
「お母さんが起き出さないうちに部屋に帰らなくてはネ」といいながら、二人でぐずぐずしている内に、朝も六時をすぎ、ヨブ子おばあちゃんは目をきまし、台所で朝の準備をはじめた。
母ちゃんはあわてておき出し、照れ臭そうに、
「母さんお早よう、手伝うわよ」といった。
ヨブ子おばあちゃんはいつものようにあかるい顔だった。
おばあちゃんが、自分の娘のことを気がつかないはずはない。
朝、隣りの部屋を開けて見れば、ゆうベ用意したときと同じ状態で寝たあとのない布団だけがそのままになっている。
“やっぱり、美津子はこの部屋には寝なかったのネ”とすべてはおみとおしであったと思う。
しかし、おばあちゃんは、その事についてはひとことも口にしなかった。
「結婚前の娘だから節度はキチンと守りなさい……」と建前はきびしいながらも、おばあちゃんは、愛し合う二人を、大きな親の愛で許してくれたのであった。
おばあちゃんのいきなはからいというものであろうか。
喜生、きみが生まれたのが五十一年二月十四日。一月、十二月、十一月と指折り逆算してゆくと、きみが母ちゃんのお中に宿ったのは、どうやらこのあたりかもしれないね。
もしそうだとしたら、きみは、柏崎市荒浜の品田家の家で胎内に宿り、柏崎駅前の病院で生まれ、やはり最初から、品田家の養子になる宿命をもって生まれたのかもしれないね。
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