お籍を下されば
きみが生まれたその夜、父さんはグッスリ眠った。
翌朝も九時頃まで床の中でグズグズしていると、静江おばあちゃんが入って来た。
「よかったですね、喜郎ちゃんが生まれて」
おばあちゃんはもうその話ばかりであった。
「そうですね、オッカチャンもよかったですね……。ところで、その喜郎の出生記念に勇者の園四号館を建てたいので一つお金を貸して下さいテ。金利は年一割だから銀行よりズーットいいのだから……」
父さんはおばあちゃんの顔を見るたんびに、その話をした。
「そうですネ。喜郎は国大生(国立大学生)にしたいですねエ」
「喜郎が、生まれた年に四号館を建てたんだよ。そしてそのお金は、おばあちゃんが出して下さったんだよ」と将来、喜郎が大きくなったとき、きかせてやりたいですがね。そのためにも、ここで一つオッカチャン、私に力を貸して下さい、と父さんはたのんだ。
ところがおばあちゃんは、喜郎のことだけで頭がいっぱいで勇者の園四号館のことなど、うわのそら。父さんは仕事熱心に勇者の園四号館の建設資金のことばかり。父さんとおばあちゃんとの話はチグハグ。
それでも父さんは熱心に、銀行預金にしておくより金利がいくらプラスになるとか、担保に建物を入れるから安全だとか説明をしていたら、おばあちゃんは、
「そうですね。兄さんのお籍を下されば全部お貸ししてもエエですテ」と満足げな笑い顔をしていう。
「ウヒャアーマイッタマイッタ。オッカチャンしっかりしてるわ」
父さんは大げさにそういって布団の中にもぐり込む真似をした。
とまあこんな具合だ。
その日は、一日中コタツに入って新聞を読んだりテレビを見たりしながらすごした。おばあちゃんと話をするときはかならず、
「喜郎記念館ですから、おねがいしますよ」と借金願いをくり返した。
夕方五時すぎ、東京に帰る途中で病院に寄った。
本当は早く病院に行って母ちゃんときみにあいたいな、と思う気持もあったのだが、おばあちゃんに話している四号館出資の話が、もうすこし進展しないかと、おばあちゃんのそばにへバリついていたんだ。
母ちゃんは、父さんの顔を見るなり、
「うまくいった?!」ときいた。
「オッカチャンに四号館の話ばかりしていたよ」
「きっとそうだろうと思ったわ」
という具合だ。母ちゃんも父さんがやろうとしていることをよく理解し、応援してくれていたんだ。
そんな訳で、きみのことは全部母ちゃんとおばあちゃんまかせ。父さんは勇者の園四号館のことばっかり考えていたんだ。
そのことをヨブ子おばあちゃんは心配して、
「今は不景気な時ですから、あまり大きなことに手を出して、無理をして身体をこわさないで下さいね」と念をおしていた。
母ちゃんは、だんだん父さんに感化されてか「大丈夫よおかあちゃん。今までうまく行ったんだし、私も一ヶ月会で働いてチャンと十一万円お給料もらったんだし」と父さんの味方になって、おばあちゃん達を説得してくれていた。
きみのことはすべて母ちゃんまかせ。と一見無責任な父親のようだけど、それだけ安心して育児のことがまかせられ、仕事のことに専念できるだけ、父さんは幸福なのだ。
丈夫で長もちする母ちゃんパンザイだ。
その後、東京に帰って正樹おじさんにも電話をして、「勇者の園四号館を建てるために、オッカチャンにお金を貸して下さい」とおねがいしているんですよ、と計画実行のことを話したのだ。
本当に実現させたい。きみのためにも、父さんたち夫婦の仕事のためにも。子どものいないおとしよりのためにも。
そして将来、おばあちゃんに、「喜郎ちゃんのお父ちゃんは、立派な人だよ」と言ってもらうためにも。