勝って兜の緒をしめて
このページでも、お籍のことを書く。
七月六日、日曜日だ、母ちゃんの妊娠がわかって最初の柏崎に出かけた時のことだ。
お籍の話のつめだ。
おばあちゃんは、どうしても、広升姓で入籍することに承知をしない。そこで、
「子どもができたら親子三人そろって品田姓になりますから、それまで広升姓で婚姻届を出させて下さい」と父さんが譲って、誓約書を、書いた。
いつものように、おさしみや、煮魚など沢山の料理で、ビールもどんどん勧められ、すこしいい気分になっていたので、最後はどうでもいいやという気持もてつだっていた。
そのときも、立合ったのは、当の静江おばあちゃんとヨブ子おばあちゃん、母ちゃんと父さんの四人だけだ。
健二郎おじいちゃんは、お酒をのんで歌うときと剣道の話、書道のお話のときに言葉を交すぐらいで、養子になるならないという件では一度も話し合いをしたことはないんだ。
そんな訳で、結局広升姓で結婚することになった。
すべての話し合いが済んでお仏壇にご報告しようと父さんが言い出し、父さんと母ちゃんが仏壇の前にすわり、チーンと鐘を打ったあと、
「それではオッカチャンにお礼のあいさつをしましょう」とクルリとおばあちゃんの方にむきなおすと、それまでななめうしろで手を合せていたおばあちゃんが、「いいえエエですテ、あいさつなんかうけませんテ」といいながら、ハイドウドウのお馬のように四つんばいで逃げようとするのだ。
父さんもその真似をしておばあちゃんを追うとむきをかえて居間の方に、廊下の方に、と逃げまわる。「オイ美津子、そっち」といいながら、母ちゃんも加わって三人が四つんばいになり、おばあちゃんをはさみうちのようにして、お礼のあいさつをしようとしたんだ。
おばあちゃんはそのとき泣いていたな、母ちゃんが広升姓になるのがよほど淋しかったんだね。しばらくして「お籍をぬくのにハンコがいるのかね」といいながらおばあちゃんは印鑑をわたしてくれた。(婚姻届をするのにその印鑑は必要ではなかったけれど〉
それから三時間ほどして、東京に帰る時間になった。
風呂に入っていると、静江おばあちゃんがパンツ一枚になって入って来て、
「お兄さん、背中流しましょうか」といって洗ってくれた。
「お兄さんは、幸福者ですテ、元気のいい美津子と結婚できたし、お籍ももらえたし、赤ちゃんもできたし、勝って兜の緒しめて、といいますから今からもガンバッテくださいね」といいながら、ゴシゴシ、ゴシゴシ、ヒリヒリするほど力を込めてこすってくれた。
うれしかったよ。
おばあちゃんと父さんは、最初から籍のことで、あれやこれやと話し合いをかさねたが、いつも何かしらユーモアを感じつつすすんで来たんだ。
ガンコなところは、すごくガンコなのだけど、どこか底ぬけに明るいところがあるおばあちゃんだ。
もう一つ、おばあちゃんは父さんがお風呂に入っているとき背中を流すのが好きなんだ。ヨイショ、とかけ声をかけて、ものにつかまって立たなければならないほど足が不自由なのに、それでも、背中を流してくれるんだ。
そして、
「お兄さん、お背中流しましょうか」と風呂の戸を開けたときの顔は、本当に純情な新妻が愛する人に声をかけているような、はじらいを顔いっぱいにあらわした、カワイイ顔をしているんだ。
おばあちゃんは、背中を流しながら、チラチラと父さんのオチンチンに目をやるんだ、父さんは知らん顔して別にかくしもしないで前の方を洗っていると、
「オチンチンは見えないようにかくすもんですがね」という。
「いやあ、オッカチャンは独身だったんだし、すこしはサービスしなければと思ってかくさないんですがね」
「なんだてコンダ……」
きみが生まれた。今度はきみをお風日に入れることに喜びを見い出していると思う。
七月十日。母ちゃんと二人で品川区役所にゆき婚姻届を出した。
↑上に戻る